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引きこもりが社会参画するまで

なんでもひとりでできるもん

不登校・ひきこもりを肯定する

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東京のお寺で不登校を集めて、修行を謳って住職が少年らに布団叩きや太鼓のバチで叩くなどの暴力が振るわれていたというニュースを昨日見ました。それから、引きこもりのいる家族が業者に依頼して、ひきこもり本人の意思を介さずボコボコにされるとか。世間一般では、不登校やひきこもりに対して「悪」と捉えている人が大半だと感じます。なんででしょう。

 

私は実際に高二の二学期後半、もう少しで冬休みという頃、もう全てが億劫で嫌気がさして、登校しても誰にも何も言わず帰ったり、しまいには学校に行ったふりをして駅で半日ぼーっとしてみたり。それで、スクールカウンセラーと面談することになりました。

今、高校をやめるということ、それが無意味で社会的に死ぬこと、いろんなこと「普通」、「常識」を淡々と説明されました。頭でわかってるけどで体が動かないから、だからこうなったのに、って思いました。しまいには家族構成について、「おかしいね」と言われそのカウンセラーは帰って行きました。

カウンセラーと名のついた人間にわからないことが自分にわかるわけがないと思いました。ただひたすらに体が動かないの。朝起きれない、鬼教師の科目で提出物を無視、テスト勉強をせず赤点まみれ。冬休みをバイトでやり過ごして、冬休みが終わって、「あー、もうだめ。自分もわからないのに誰かが理解してくれるわけがない。そのうち自殺でもしよう」と思いました。

三学期は数えるほど出席するだけで、もう不登校生の完成。

担任や部活の顧問、学科長、校長、教頭、数少ない友人の助言・制止を振り切って、年度明けの4月に通信制高校に編入しました。

 

不登校の要因として、いじめ、鬱、ストレス、人間関係とかいろいろあると思います。根本的な原因に、「自分に対する自信のなさ」があると思います。

私は変わっていて(それを個性というわけですが)、とにかく自分の中の世界が広がりすぎて世間の常識とか慣習についていけなかったんです。学校という自分や家族以外が大勢いる場所にいるとだんだん自信がなくなってくるんですね。

そうするとだんだん、「自分がここにいる理由」とか「自分の存在価値」について考え始める。もう鬱まっしぐら。

 

そうなったら、「自分を肯定する」なんてできなくなって、不登校・ひきこもりになっちゃうんではないかなあ。

そうなったらまず、優しくしてあげてほしい。時間をあげてほしいんです。

否定はしないで、「こんなこと誰でも経験する」なんてこと言わないでほしい。あなたに処理できることが彼には処理できないかもしれない。あなたができないことが彼にはできるかもしれない。

 

不登校やひきこもり、その存在に悩んでる身内の方、少し考えてみて欲しいんです。

ふたり人間がいて同じ価値観を持って同じ思想を持って、同じような人間関係を築いて同じような人生を歩むことがあるか。一歩二歩踏み外したらもう先はないのか。常識とか普通を自分の価値観を押し付けることに何の意味があるか。まだ足踏みで何が悪い。ひとより進むのが遅くて何が悪いか。

 

 

不登校やひきこもりの存在を否定しないで欲しいです。人間生きてたらミスの一つや二つするでしょう。その足踏みに付き合ってあげるとか。ちょっと休憩するだけ。時間が解決してくれればいいですが、そんな風にもいかないのが大半。当人だけでなく、あなた自身がこの問題について考えたり調べることの一歩になればと思います。